松尾知枝(水谷舞)のプロフィール!婚活アナリストの夫や生い立ちは?

      2016/03/22

この記事の所要時間: 533

元JALのCAだった松尾知枝(水谷舞)、現在は

合コンアナリストの肩書を持つカリスマ社長

可愛らしい印象の美人ですし、これまでさぞかし

華やかな勝ち組人生を送ってきたのだろうと

思ったら、児童養護施設で暮らした経験もあり

成人するまではかなり厳しい生活を送ってきた

ようです。

 

しかし、その逆境に負けない意志力が大逆転を生み、

今の彼女を作ったんですね

松尾知枝について調べてみました。

 

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松尾知枝(水谷舞):プロフィール

本名:松尾知枝(まつおちえ)

生年月日:1980年3月18日

出身地:東京都

学歴:東京経済大学

芸名:虹夢香→水谷舞→松尾知枝

所属事務所:パールダッシュ

職業:合コンアナリスト・コラムニスト
株式会社インプレシャス代表取締役

 

小学校5年から高校卒業まで児童養護施設で

生活。

東京経済大学に進学し、在学中の1999~

2000年までNAAエアポートプリンセス

(ミス成田)として活動。

その後、採用倍率100倍のCA採用試験に契約制

客室乗務員として合格し、日本航空(JAL)の国際

線フライトアテンダントを5年務める。

ファーストクラスまでの客室担当を一通り

経験し、芸能事務所のスカウトを受けて

2007年に退社。

 

JAL退社後は美貌とスタイルを生かし虹夢香

芸名でグラビアアイドルとしてデビュー。

その後、芸名を水谷舞に変更。

2008年、『サイゾー』で『水谷舞の合コン

四季報』の連載を開始したのをきっかけに

合コン総研アナリストとしてTVや雑誌で

活動。

 

2010年、株式会社インプレシャスを起業し

代表取締役社長に。

恋愛セミナーや婚活パーティ、合コンなどの

セッティングや、自己啓発・パーソナルブラン

ディングセミナーなどを開催している。

現在は本名の松尾知枝で活動。

 

児童養護施設で送った少年期

 

子供の頃、住んでいたのは四畳一間の

ボロボロの木造アパート。

父は新聞配達、母な専業主婦でした。

小さいころには貧しい生活の中でも、料理と

絵が好きな母の工夫で楽しく過ごしていた

そうです。

 

しかしギャンブル好きの父が麻雀・競馬・競輪

にのめりこむようになって、生活はどんどん

傾いていきました。

そして生活の厳しさの中で母が精神のバランス

を崩したのは小学校に入る前。

 

狭い家の中はゴミ屋敷のようになり、食事は

ご飯に醤油をかけたもの。

母は宗教にはまり、優しかった母が声を荒げ

たり、時には手をあげたりするようになって

しまいます。

母親の精神が不安定になるほどに父親も家に

帰らないようになり、母の病状もさらに

深刻に。

 

小学校5年の時、興奮して暴力をふるう母に

身の危険を感じた松尾知枝は隣の家に避難。

その夜は小学校の担任の家に泊まり、翌日

から児童相談所の一時避難施設で2週間を

すごします。

 

2週間後、父が表れてミッション系の児童

養護施設に連れていかれ、その後高校を

卒業するまでの8年間をそこで暮らすこと

になりました。

 

養護施設から大学進学

 

そもそも養護施設に入らなければならない

不幸な身の上の上に世間の目やわがままや

贅沢は許されない生活など、やはり施設で

暮らす子供は非行に走りやすいようです。

しかし、松尾知枝は向上心とこれまでの

生活を抜け出すという強い意志を持って

いました。

それで、グレることなく努力を重ね、

施設で初の大学進学者に。

 

貧しさから抜け出すため「とにかく働こう」

という発想にならず、大学を目指したのが

彼女の志の高いところですね。

 

東京経済大学では管弦楽団に所属し

学費と楽団の活動費を稼ぐためアルバイト

を掛け持ちする生活でした。

 

これもお金のためだけにアルバイトのみに

精を出すのではなく、学業と同時に課外活動も

楽しんだというのが前向きです。

 

そして、NAAエアポートプリンセスという

割のいいアルバイトをつかみます。

これがCAを目指すきっかけとなりました。

CAとして勤務していた間はよく合コンに

参加し、その回数は1000回に上ります。

それは、最終就職口を探すためではなく

多くの優れた経歴を持つ人との出会いと

人脈づくりでした。

あくまで自分の力で次のステップを上る

ための手段だったんですね。

 

夫は会社経営者会

 

2012年、仕事で知り合った6歳年上の

会社経営者と結婚。

ネット上では松尾修三に似ていると

言われています。

彼女は「Precious美女倶楽部」という

女性が人生のヒロインになるための

セミナーを開いています。

そこでは「出会いの場へは這ってでも行け」

と教えているそうで。

こういうのも経験からきているんでしょうね。

何ぜ1000回も合コンに参加して、様々な人と

出会ってきた彼女ですから。

旦那様との出会いも、彼女の経験から生まれた

運をつかむテクニックによってつかんだ

幸運といえるかもしれません。

ピンチもチャンスに変え、逆境にあった

からこそ上昇志向を持ったとも思える

松尾知枝。

今後はどんな活躍を見せてくれるのでしょう。

けっこう出不精なので人と会うのが億劫な

時も多いんですが、私も出会いの場へは

這ってでも行くことにしようかな。

 

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