ヤン・リーピン再婚相手は誰?結婚や離婚と子供を産まなかった訳は?

      2016/05/06

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天才舞踏家ヤン・リーピン(楊麗萍)

天性の美貌と58歳という年齢を感じさせない

仙女のようなオーラ。

こんな美しい女性と一緒に暮らしたいと思う

男性は多いはず。

 

日本ではあまり知られていない神秘的な

舞踏家の私生活について調べてみました。

 

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一度目の結婚はダンサーと

 

1988年、中央民族歌舞団で知り合った男性

ダンサーと結婚しました。

才能のあるダンサーで彼女の舞踏制作企画に

協力していましたが、短期間でお互いに性格

の不一致を感じて離婚に至っています。

 

二度目の夫は台湾のビジネスマン劉淳晴(トニー)

 

1990年、2人目の夫となる8歳年上の劉淳晴

(トニー)に出会います。

米国籍の台湾華僑で、アメリカでビジネスを

展開していた頃からヤン・リーピンのファン

でした。

のちに北京でレストラン、宿泊、レジャーが

一体となったホテル経営を展開。

友人の

誕生日で直接ヤン・リーピンに出会う機会が

あり彼から声を掛け、その後熱烈にアプローチ。

 

離婚経験で交際に消極的だったヤン・リーピン

も彼の熱意にほだされ、1995年に結婚。

ヤン・リーピンは当時、「なぜ彼を選んだのか?」

というインタビューに答えて、

「どんな男性を選ぶかは女性の審美能力の証明」

と答えています。

自分の選択に自信があってこその発言です。

 

実際、2人は一貫して睦まじく、北京で仕事を

する夫と世界を公演して回る妻とで一緒に

過ごす時間こそ少ないものの、関係はうまく

いっていました。

 

ヤン・リーピンが重慶公演で倒れた際には

劉淳晴はすぐに重慶に飛び、寝ないで看病。

痛みで眠れない彼女のために、物語を話して

聞かせたといわれています。

 

舞踏のために子供を産まない決心

中国人にとって跡継ぎの存在は日本以上に

大切なもの。

たとえ男子でなくても子供さえあれば、

祖先の霊を供養し続けることができる。

財を成した一家であれば、後継ぎへの執着は

なおさらでしょう。

 

2002年、ヤン・リーピンは台湾の夫の実家

で春節を迎えた際、舅姑から、

「私たちも年だから、早く孫を抱きたい」

と言われ、彼女自身も出産可能なうちに

子供が欲しいと考え、病院で検査しました。

 

しかし、ダンサーとして長年食事を制限し、

体脂肪率がごく低い彼女が、現状のまま

子供を産むのは難しい。

出産するには一定の脂肪をつけなければ

ならないと言われました。

つまり妊娠中以外の期間も長期に踊れ

なくなる。

 

子供をとるか踊りをとるか。

彼女は踊りを選びました。

しかし、自分の選択ゆえに夫の父親になる

権利を奪うことはできないと考えたヤン・

リーピンは苦渋の決断の末に、自分から

別れを切り出し、劉淳晴はいったん台湾に

帰ってしまいました。

 

それでも劉淳晴はヤン・リーピンを支え続けた

 

1995年、ヤン・リーピンが映画『太陽島』

製作していたころ、スポンサーが撤退し、

資金面での困難にぶつかった時、スポンサー

を集めてくれたのは劉淳晴でした。

 

2001年、射鵰英雄伝の梅超風のオファーを

受けたヤン・リーピンが悪役を演じることで

自分のイメージに悪い影響がないかと迷った

際には、「悪役ながら彼女なりの情や道義が

ある人物」とアドバイス。

夫の言葉で演じたこの役は、それまでにない

女性の悪の美学を描き出し好評を博しました。

 

『シャングリラ』制作の際には、子供の問題

で2人は別居中でした。

ヤン・リーピンは資金調達のために家を売り、

それまでのポリシーを破ってCMにも出演。

それでもまだ足りなかった時、彼女の苦境を

知った劉淳晴は集められる限りの資金を

彼女に届け、

「僕の投資と思ってくれればいい」

と言った。

しかし、彼女は感謝しながらもこの資金協力

を断りました。

 

彼女の踊りへの情熱を理解した劉淳晴は、

「医者は君の体で出産するのは難しいという。

僕の願いをかなえるには、君に踊りを

諦めさせるだけでなく、君を命の危険に

さらさなければならない。

君の選択を尊重しない僕がわがままだった。

君が楽しくなければ、僕も幸せになれない」

と言い、2人で涙したといいます。

たとえ子供が作れなくとも、劉淳晴にとって

ヤン・リーピンは何物にも代えがたい女性

だったというわけです。

 

舞踏作品がヤン・リーピンの子供

 

以前、ヤン・リーピンは

「女として子供が欲しいと思ったことは?」

と聞かれ、

「子供にもいろいろな意味がある。

アリや木にも豊かな感情があり、1本の木や

創り上げた作品を子供と見ることもできる。

すべての美しいものを子供のように愛する

ことができる」

と答えています。

 

また彼女の生き方と舞踏に対するスタンスを

表す名言として、

「他の人はダンスを踊るけれど、私は命を踊る」

という言葉があります。

 

彼女にとっては文字通り、踊ることイコール

生きること。

彼女の舞踏作品は自分の命を削るようにして

世に生み出した子供といってもいいのでしょう。

 

今回の来日公演『シャングリラ』で孔雀の舞

は封印するといわれていますが、中国では

彼女の子供ともいえる『十面埋伏』の

公演が始まっています。

これが日本に来る日が楽しみですね。

しかし、美貌も才能も生き方もドラマチックすぎるわ。

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