ふたりの加勢大周の今現在!プロフィールや出演作は?

   

この記事の所要時間: 625

加勢大周が話題です。

加勢大周と聞いて「ああ、あの人ね」と

答えるか「誰?」と答えるかで年齢が

分かってしまうかもしれません。

 

かつてトレンディドラマで一世を風靡した

イケメン俳優でしたが、独立問題で揉めて、

前事務所から「加勢大周」の芸名の使用停止

を求められて裁判沙汰になりました。

 

その後、前事務所が「新加勢大周」をプロデュ

ースし、芸能界に2人の加勢大周が存在する

事態に。

 

その後、元祖加勢大周は薬物所持で逮捕され

芸能界を引退しています。

2人加勢大周は今どうしているのでしょうか。

調べてみました。

スポンサーリンク

元祖加勢大周(かせたいしゅう):プロフィール

本名:川本 伸博(かわもとのぶひろ)

生年月日:1969年年12月29日

出身地:北海道函館市

 

東京都立玉川高等学校在学中にバイト先の

焼き鳥屋でスカウトされてインターフェイスという

事務所にモデルとして所属。

しかし、ギャラの払いが悪く「3本で1万円」に

カチンと来て「辞める!」と主張したところ、映画の

オーディションを受けてくれと引き止められて、

『稲村ジェーン』のオーディションを受けたら、見事

主役に抜擢され1990年に俳優デビューしました。

1989年の高校を卒業を前に就職活動もして、

すでに内定ももらっていたそうですが、合格した

からには俳優の道へ。

『稲村ジェーン』は桑田佳祐の初監督作品で

作品自体が注目されたこともあり、一気に

加勢大周の名前が世に知られました。

 

当時は吉田栄作・織田裕二と並んで「トレンディ

御三家」と呼ばれ、その露出度と共に人気も

急上昇。

優しげな印象の二枚目として一世を風靡しました。

 

芸名を巡った裁判沙汰を経て勝訴し、俳優

活動を続けていましたが、2008年に薬物所持

で逮捕と同時に芸能界を引退。

現在はバーテンダーとして働いています。

 

加勢大周の代表作は?

 

映画『稲村ジェーン』

ドラマ『はいすくーる落書2』『いつか誰かと朝帰りッ』

『学校へ行こう』『愛と哀しみのサハリン』『ADブギ』

など主役を張った作品は初期のものが多いです。

デビューは華やかでしたが、芸名騒動後の出演作は

あまり大きな活躍もなかったような印象です。

 

「作家は処女作を超えられない」なんてよく

言いますが、彼の場合もデビュー作が最高だった

といえるのかも。

モデルから俳優に転向したものの、演技の勉強は

経験がなかったそうで、

「事務所は目先の利益優先で、主役の仕事

ばかり回してきますが、僕は役者として

なんのレッスンも受けられないまま。」

と本人が言っているように、俳優としての

段階を追った成長ができなかったことも

その後の活躍に影響したのかもしれません。

 

独立から「加勢大周」裁判に!

 

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった1991年、加勢

大周は母を社長として個人事務所を設立し、

前事務所からの独立を画策。

ヒットして1年ですから、事務所としては納得が

いかないのも無理ないという気もしますが、

加勢大周にも言い分があるようです。

 

当初から金の払いが悪かった事務所の体質は

売れてからも相変わらずで、給料も払われず

交通費さえ建て替えなければならない状態。

 

事務所を辞める決意をし1991年4月4日に契約

解除の内容証明を送ったものの、4月に入った

時点で契約は更新されており、事務所は契約

解除は無効であるとして5億円の損害賠償や

芸名の使用禁止を求める訴訟を起こします。

 

加勢大周の芸名は前事務所の社長が「勝海舟」

をもじって名付けた思い入れのある名前だそうで

前事務所は登録商標を出願するなどしましたが

登録はされず。

1年3カ月の裁判の結果勝訴して、独立しても

加勢大周の芸名は使用できることになりました。

 

しかし、1993年7月、前事務所は

「新加勢大周」の名前で新人をプロデュース。

あくまで加勢大周の使うなら同名でぶつけて

いこうという作戦ですね。

 

新加勢大周(坂本一生):プロフィール


生年月日:1971年4月20日

出身地:東京都

卒業校:千葉商科大学付属高等学校

 

高校時代には背泳ぎの選手として水泳部に

所属。

高校卒業後2年間オーストラリアに留学し、

1993年6月、帰国した成田空港でインター

フェイスにスカウトされました。

体力に自信があったので巨人の入団テストを

受けることも考えていたそうですが芸能界へ。

 

7月7日に新加勢大周としてデビュー。

しかし、露骨な対抗策であり、デビューから

騒動に巻き込まれる形なのはよくないとして

俳優界の重鎮らが事務所側を説得。

結局、加勢大周の名は元祖に譲り渡すと

事務所がコメントして、7月27日、新加勢

大周は「坂本一生」と改名。

加勢大周は1カ月に満たずに消えました。

 

白Tにジーンズの爽やかな青年のイメージ

だった元祖に対し、黒タンクトップのマッチョ

マンで売り出された新加勢大周。

坂本一生に改名してからもそのイメージで

活動し、体を張った芸能活動をしてきました

が、2000年になると仕事は激減。

プロレスラー、スポーツジムインストラク

ター、飲食店店長など様々な仕事を経験。

 

2011年にはフランチャイズ便利屋サービス

便利屋!お助け本舗」の社長に就任し、

年収2000万円をアピールしてきましたが、

実際には雇われ社長で、年収も言わされて

いるものだったそうです。

NHKの番組でヤラセを行っていたことなどが

発覚したのをきっかけに2015年3月に辞職。

俳優・加勢大周の対抗馬としてデビューしたものの

俳優としての出演は『仕切り屋五郎』『東京夜暴動

喧嘩の花道 東京番外篇 工藤兄弟VS坂本一生』のみ。

他は主にバラエティ番組への出演が多いようです。

芸名を巡って裁判沙汰にまでなったものの

勝った方も負けた方も、その後の活動は

パッとせず、結局2人とも芸能界を退いて

しまったんですね。

揉めた時点で名前が持っていた運が尽きて

しまったようです。

どちらもあまり印象がないのですが、彼の

名前をもじって「汗大衆」というジョークが

言われていたのを思い出しました。

しかし、メディアに名前が出てくるところを

見ると、新たに芸能界で活動を始める計画が

あるのかも。

いっそ2人でコンビでも組んだら?

 

 - エンタメニュース