マザー・テレサ:二番目の奇跡とは何?治癒は事実?本当に聖女?

      2016/02/13

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画像出典:http://d.hatena.ne.jp

インドのコルカタで貧しい人たちのために

生涯をささげたマザー・テレサが来年9月に

列聖式が行われカトリックの聖人として

加えられることが明らかになりました。

 

ローマ法王が、列聖に必要な条件となる

2つ目の奇跡を認める教令に署名した

そうです。

 

1997年に亡くなったマザー・テレサは

2006年には、すでに聖者に次ぐ徳と聖性を

持つ福者としての地位を認められています。

 

カトリックにおける列福・列聖とは?

マザー・テレサが行った奇跡とは何なの

でしょうか?

彼女の足跡を訪ねてみました。

 

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マザー・テレサとは?

 

俗名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ。

1910年8月26日、オスマン帝国領の

コソボ州・ユスキュプ(現代のマケドニア

のスコピエ)に生まれる。

 

12歳の頃には修道女になる意思を持ち、

18歳で故郷を離れアイルランドのロレト

修道女会に入る。

 

1931年、修練女としてインドのダージリン

に赴く。

初誓願――貞潔、清貧、従順を一定期間守る

誓いの際に修道名テレサを付ける。

 

1937年、修正誓願――生涯修道女として

生きる誓いを立て、シスター・テレサと

呼ばれるようになる。

 

その後、コルカタの聖マリア学院で教師と

して過ごしていたテレサは「全てを捨て、

最も貧しい人の間で働くように」という

神の啓示を受け、修道院を離れて貧しい人々

のために働く決意をする。

 

当初は上層部の反対を受けたものの、やがて

修道院外での活動の許可を得て、コルカタの

スラム街で子供への教育などをする。

 

1950年、修道会「神の愛の宣教者会」設立の

許可を得て修道会の長としてマザーと

呼ばれるようになる。

「飢えた人、裸の人、家のない人、体の

不自由な人、病気の人、必要とされることの

ないすべての人、愛されていない人、

誰からも世話されない人」のために働く中で、

ホスピス「死を待つ人々の家」を設立。

 

その活動は世界から注目され、多くの援助も

集まり、インド全土からやがて世界へと

広がっていった。

 

列福・列聖とは?

 

カトリックにおいて生前の徳と聖性が高い

人物を福者・聖者の地位に列すること。

列聖調査・審議を経てバチカンから認められ

ないと福者・聖者と呼ぶことはできません。

福者認定の条件はその人物の取り次ぎによる

奇跡(超常現象)が最低1つあること。

通常は死後5年経たないと列福調査は

始められないそうですが、マザー・テレサの

場合は死後すぐに調査が始められ、2003年、

死後6年で福者に列せられました。

さらに上の段階の列聖の条件はもう1つの

奇跡が認められることだったようです。

 

通常列聖調査は数十年から数百年をかけて

行われるもので、今回マザー・テレサが

認められて来年列聖となれば、異例の早さ

だそうです。

 

マザー・テレサが行った奇跡とは?

 

実際にマザー・テレサが行ったとされる奇跡

の第一番目は、非カトリックのインド人女性

モニカ・ベスラの腹部にできた腫瘍を

完治させたこと。

 

医者から手の施しようがないとされた腫瘍が

マザー・テレサの帰天一周年の次の日に礼拝

堂で治癒を祈ったところ、マザー・テレサの

写真から光が出たように感じ、眠りから

覚めると腫瘍が消えていたとモニカ自身が

証言したと言われています。

 

これにはマザー・テレサ自身が彼女の腹部に

メダイを置き祈ったことで治ったとする説も

あります。

 

今回、認定された二番目の奇跡はブラジルで

複数の脳腫瘍に苦しんでいた男性の回復です。

 

奇跡は事実?マザー・テレサは聖女?

 

メディアが伝えたマザー・テレサの活動は

まさに聖女というにふさわしいものでした。

 

しかし、近年これに異議を唱える論文も

世に発表されています。

カナダの宗教学専門誌「Religieuses」に

モントリオール大学とオタワ大学の研究者が

寄稿した論文によると、

「神の愛の宣教者会」は多額の寄付を受け

取っていて、金銭的に困っているわけでは

なかったにも関わらず、不衛生で医薬品も

常に不足した状態であり、十分な治療が

行われていなかった。

マザー・テレサは医療によって患者の痛みを

和らげることをせず、「キリストの受難同様

痛みに耐えることが尊い」としていた。

 

しかし晩年自身が心臓病を患った時には、

アメリカの病院で痛みを和らげる薬などを

使った近代的な治療を受けていた。

と彼女自身の行動の矛盾が指摘されています。

 

また、この論文は「モニカ・ベスラの

治癒は薬の投与によるもの」という医師の

証言にも言及しています。

 

今となっては事実はまさに「神のみぞ知る」

であります。

 

マザー・テレサはカトリックの広告塔?

 

世界中に聖女として知られたマザー・テレサ。

その活動ゆえに敬虔なカトリック信者の

無償の愛は世界中に印象付けられたと

いってもいいでしょう。

また彼女の徳が多くの寄付を集めたとも

言えるはず。

 

上記の論文の主張が本当だとすれば

マザー・テレサが聖女自身が金の亡者で

あるかのような印象さえ受けます。

 

ただこれとは別に、常に神と共にあるかの

ように見えたマザーテレサが実は神

(カトリックの世界?)に疑問を持っていた

ことが、著書の中で明らかになっています。

 

2007年に出版された

『来て、わたしの光になりなさい!』

はマザー・テレサと彼女の精神的指導者で

あった司祭たちとの書簡を集めたものですが

その中で彼女は、

「私は神の存在を確信できなかった。

私の信仰はどこへ消えたのか?

心の奥底には何もなく、

虚しさと闇しか見えない!

この得体の知れない痛みがどれだけ辛いか!

神が存在しないのなら、魂の存在は

ありえない!

魂が真実でないとすれば、

イエス、あなたも真実ではない!」

と苦しい心情を吐露しています。

 

実際にスラム街の現場――同じ環境の中で

貧しい人たちに接し続けていた彼女が、

見えない部分で寄付を着服して豊かな生活を

していたとは考えにくいです。

とすると多額の寄付はどこに行ったのか?

当然彼女の背後にある組織と考えるのが

自然ではないでしょうか。

 

異例の早さで列福・列聖を経て、マザー・

テレサは永遠にカトリックの広告等で

あり続ける。

そのことに一番違和感を覚えているのは

マザー・テレサ自身かもしれません。

心に疑問を持ちつつも自分が信じることを

し続けたマザー・テレサ。

彼女が言ったと言われる有名な言葉

「戦争に反対するのではなく、

平和のための行動をする」

国際社会の現状を視野においた言葉だと

思っていましたが、こうしてみると

実は自分自身のカトリックに対する

姿勢を表していたようにも思われます。

 

 - 国際ニュース