菊池尚子がなぜ無罪?17年の逃亡生活は?判決に納得がいかない!

      2016/03/14

この記事の所要時間: 432

オウム真理教が1995年に起こした

東京都庁郵便小包爆発事件で、爆薬の原料を

運んだとして殺人未遂幇助などの罪に

問われた元信徒・菊地直子被告が逆転無罪

だそうです。

「え、なんで?」

と思う方が多いのではないでしょうか。

私もその1人です。

 

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罪を認識していたのでは?

 

昨年6月の一審判決では菊地被告は運んだ

薬品の危険性を認識していたとして

殺人未遂ほう助罪の成立を主張。

懲役5年が言い渡されました。

 

二審で逆転無罪になったということとは

弁護側の

「被告は何のために薬品を運ぶのか説明

されておらず、人の殺傷につながるとは

認識できなかった」

という主張が認められたとことになります。

「テロを行うと認識していたとするには

合理的な疑問が残る。

危険な物であっても直ちにテロの手段として

用いる爆発物などを製造すると想起すること

は困難。

運搬した薬品が人を殺害するための原料

であると認識していたとは証拠上

認められない」

というのが判決理由だそうです。

 

認識がないなら17年間も逃亡生活を続けて

いたわけは何だったんでしょう。

菊池尚子はかつて

「逮捕されたら終わりだ」

と話していた。

これは自分の罪の重さを認識していた

ということではないでしょうか。

 

爆発物と認識しつつ、教団の中でそれに

意見を言えるような状況ではなかった。

ということはあるかもしれませんが、

教団の中での彼女の立場などや学歴から見る

知性を考えれば「まったく思いもしなかった」

などという理屈は通らないような気がします。

 

一審判決の決め手の判断が真逆に!?

 

今回の控訴審で最大のポイントとなったのは

菊池被告が自分の運んだ薬物が

「爆発物を作る原料、テロのため爆罰物を

作るための物」

と認識していたかどうかという点だそうです。

 

かつて一審で有罪になった決め手は井上嘉浩

死刑囚の証言でした。

菊池被告が薬品を運び終えた日に当時教団

幹部であった井上嘉浩死刑囚が彼女に

ねぎらいの言葉をかけ、彼女が「頑張ります」

と答えた。

また実際に爆薬を見せたが、彼女は驚いた

様子を見せなかった、というエピソード。

 

大きな任務を終えたことを幹部がねぎらい

これに、(計画遂行のため)「頑張ります」と

答えたという解釈です。

 

しかし二審ではこの証言自体が、17年前の

記憶にしては鮮明すぎる。

また井上死刑囚のような上層幹部が一般

信者と同等の菊池被告にわざわざ声をかけて

ねぎらうことや、そもそも教団上層部の

計画自体を明かすこと自体が考えられない。

という判断から証言の信憑性を否定し、

被告側の主張を採用する形となったようです。

 

17年前の記憶は不鮮明か?

 

しかし、井上死刑囚は浅原彰晃の「側近中の

側近」であり、教団内のことはすべて把握

していた人物と認識されています。

それゆえにこれまで彼の証言によって多くの

教団元幹部が有罪になっているのに、今回

はなぜ、上記のような理由で一審の判決が

覆されたのか理解不能です。

 

「17年前の記憶が鮮明すぎる」という理由も

説得力がありません。

何でもないことでも本人にとって印象に残る

出来事はいつまでも覚えているということは

よくあります。

 

また教団内の地位としては低くとも陸上が

特異な菊池尚子はオウム真理教の広告塔的

存在だった。

また容姿も悪くない。

そういう意味ではくらいはなくとも普通の

信者とは別の扱いを受けていたと考えるの

が普通のように思います。

この事件で都職員の男性は左手の指全てと、

右手の親指が吹き飛ぶ重傷を負っています。

またもっと多くの人の命を奪った可能性も

ある事件ですから、あっさり釈放されて

おしまいでは検査側も納得しないはず、

必ず上告すると思われますが、上告しても

二審判決を覆すハードルは高いとのこと。

なんてこったい。

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