「お疲れさま」はNG「ご苦労さま」もダメ!じゃあ目上に何て言うの?

      2016/02/14

この記事の所要時間: 610

どうも、お疲れさまです。

皆さん、「お疲れさま」と「ご苦労さま

どう使い分けてます?

相手が目上ならどっちを使いますか?

 

7月26日放送の『ヨルタモリ』で

タモリさんが

「子役が目上に向かって

『お疲れさまです』

を連呼するのはけしからん。

本来、目上に使うべき言葉ではない!』

と力説しました。

 

放送終了後、これに違和感を

覚えた人が多かったようで

今も検索する人が多いようです。

 

どっちを使うべきなのか、

あるいは両方とも使っちゃいけないのか?

私なりに考えてみました。

 

スポンサーリンク

タモリ説「『お疲れさま』は目上に対しては不可!」

 

まず、議論を呼んだタモリさんの主張。

「お疲れさまです」は本来

目上から目下へのねぎらいの言葉。

子役が先輩である大人の俳優に

「お疲れさまです」を使うのはおかしい。

というもの。

なるほど、たしかに、

「お疲れさま」はねぎらいの言葉とはいえますが……

 

「ねぎらう」を辞書で見ると

苦労や骨折りに感謝し、いたわる。

現代では、同等または下の人に対して用いる。

「従業員の労を―・う」

とあります。

 

タモリ説に対する反論

 

圧倒的に多いのが

目上に対しては「お疲れさまです(でした)」

目下に対しては「ご苦労さま(です)(でした)」

というもの。

うん、私もこれです。

 

仕事中に別の場所にいた上司と

顔を合わせた時、

メールや電話で用件を伝える際の

挨拶代わりの言葉として

「お疲れさまです」

 

相手が帰られる時、

何かの仕事が終わった時には

「お疲れさまでした」ですね。

 

派遣のビジネスマナー講座などでも

そう教えられた記憶があります。

 

でも社外の人には使いませんから

上下はあっても、身内意識のある関係で

使っている言葉かもしれません。

会社内の階級差はあっても

同じ社に所属する人間としては同等、同種の人間という感覚。

 

数字で見る「お疲れさま」「ご苦労さま」の実情

 

ねぎらいの言葉の使用状況を文化庁の

平成17年度「国語に関する世論調査」

の結果で見ると

仕事が終わった時、一緒に働いた人が

自分より目上の場合。

「お疲れ様(でした)」……69.2%

「御苦労様(でした)」 ……15.1%

「ありがとう(ございました)」……11.0%

「どうも」……0.9%

何も言わない……0.6%

「お疲れ様(でした)」……69.2%

「御苦労様(でした)」 ……15.1%

「ありがとう(ございました)」……11.0%

「どうも」……0.9%

何も言わない……0.6%

ということで、やはり

「お疲れさまでした」が圧倒的多数です。

 

日本語教育専門家の説

 

習慣としてはアンチタモリ派が

優勢のようですが専門家の目から見て

どちらが正解なのでしょう。

日本語教育研究者で山形大学

地域教育文化学部の園田博文准教授は

「『ご苦労様です』『お疲れ様です』

というのは、本来、人をねぎらう言葉。

目上の人が使うのが伝統的で、

目下の人が目上の人に使うのは失礼にあたります」

ふーむ、専門家が言うなら

本来はそうなのかもしれません。

 

では、結局「お疲れさま」は使っていいのか悪いのか?

 

結局、ハッキリしているのは

「ご苦労さま」は目上には使用禁止!

ということだけですね。

 

「お疲れさま」が本来は目下に対して使う

ねぎらいの言葉だったということを

知っておくのはいいことだと思います。

 

ただ、言葉は時代とともに変化するもの。

人間の関係性自体が変わってくれば

言葉づかいが変化するのも

自然なことのような気がします。

 

もちろん誤解によって違う意味に

なったりするのはよくないですよね。

 

例えば「情けは人のためならず」の意味が

本来「人に対してよい行いをすれば

自分にもいい報いがある」という意味を

「情けは人のためにならない」と

勘違いしているケースなんかは

明らかに誤りなので正すべきでしょう。

 

でも、これは言葉を読み間違えた

というような誤解ではなく

社会の状況に応じて変化してきた

ということではないでしょうか。

 

現在の「お疲れさま」は

上から目線の「ねぎらい」ではなく

相手を尊重する「いたわり」の

ニュアンスとは言えませんか?

 

お互いに同じ負担を負っていたとしても

「疲れただろう、あなたの負担は大きい」

といたわる。

そこには謙譲のニュアンスが含まれると

言えなくもない気がします。

 

もっと社会全体の階級意識が

はっきりしていた時代には、

「下の者が上の者を思いやるなんざ

とーんでもない!

住む世界が違うのにお前に何が分かる?」

という意識があったのかもしれません。

 

でも、21世紀ですよ。

相手は宮様でも大名でもないんだしねぇ。

現代に必要なのは厳格な上下のけじめや

形式ばかりの上に対する尊重ではなく、

上下に関係なく相手を尊重すること。

誰であろうと他人を大切にすること、

じゃないかという気がします。

 

ま、結局のところどんな言葉を使おうと、

使う人間自体が問題ですよ。

 

派遣のおねーちゃんが使う

「○○させていただいても

よろしいでしょうか?」

というミョーにへりくだった言葉は

実際には相手を尊重する気持ちなんて

これっぽっちもない。

ただ、

「こんなにへりくだってやってんだぜ。

私はこんなにも人に

気を使える女なんだぜいっ!」

という強烈なアピールですよね。

フェイスブック上での幸せ自慢にも通じる

虚飾の臭いがぷんぷんしています。

 

どんなに字面が丁寧でも

それじゃ意味ないでしょ。

 

ま、あくまで個人的見解ですけどね。

あなたはどう思います?

ま、最後まで読んでくれてご苦労っ!

「DAESH」への呼称変更はなぜ?IS・ISIS・ISILに違いはあるの?

 - 社会ニュース