田中泯:舞踏家に非ず舞踊家!裸の場踊りダンサー経歴と思想・俳優業

      2016/02/14

この記事の所要時間: 524

画像出典:kariokaの「極楽鳥シネマ」

NHKの連続テレビ小説『まれ』に出演し

最近、広く注目を集めている田中泯。

これまでにも数多くの映画やドラマに出演し

ナレーションの経験もある田中泯

俳優だと思っている人も多いのではないでしょうか。

 

しかし本来は独自の前衛的な活動で知られる

ダンサー、舞踊家です。

ダンサーといってもスポットライトを浴びて

舞う、華やかなダンサーとは一線を画す

異色の踊り手の経歴を見てみましょう。

 

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ダンサー田中泯 経歴

 

経歴;1945年3月10日

出身地:東京

身長:170センチ

学歴:東京教育大学中退

 

高校時代はバスケットボールに夢中で

バスケをするため東京教育大学

(現筑波大学)に進学。

しかし「上には上がいる」と感じ

選手としての限界を覚えて挫折。

 

子供のころから好きだった踊りの道を志し、

クラシックバレエやモダンダンスを学ぶ。

しかし一種の様式の中で踊る

しかし、一定の様式やテクニックの中で

踊るダンスに違和感を覚え、独自の踊りを

模索し始める。

 

ハイパーダンスと称するこれまでにない

踊りを展開し世間に衝撃を与える。

1978年に海外デビュー。

 

舞踏家ではなく舞踊家

 

田中泯は暗黒舞踏の祖といわれる土方巽に

指示したけれど、自分を舞踏家と

呼ばれることには強い抵抗を感じるようです。

 

彼は公式サイトで自身の肩書について

土方巽の死後 国内外問わず急速な発展を

遂げてきた一つのジャンルとして

カテゴライズされた舞踏に一切の関心を

もってはおりません。

表記が必要な場合はすべて『ダンサー』、

もしくは「舞踊家」とさせて頂いただいております。

としています。

肩書を付けることで受け手が固定された

イメージを受けることに違和感を覚える

ということでしょう。

固定の様式や表現方法を持たず、踊ることが

生きることである田中泯の踊りはモダンや

舞踏などとカテゴライズされた踊りとは

その表現の根本で一線を画する者のようです。

 

そして、踊る人、舞踊家ではあるものの

田中泯はそれを職業と考えてはいません。

1985年に山梨県に身体気象農場開設し

それ以来、農業を基本とした生活を

続けている彼は「農業を職業としたい」

と語っています。

僕の場合は境目を意識しなくなった。

ここからが踊りのためで、ここからが

農のためというものはなくなってきていますね。

ただ職業がなんですかって聞かれたら、

農業を職業にしたいと思っていることは確かです

出典:新しい日本をデザインするフリーペーパー – RICE PAPER 88

彼にとって踊りは仕事ではなく
生きること――自信を助けるものであり
バランスを保つものだそうです。

裸のダンサー

 

1973年にソロ活動を開始してから

田中泯は全裸で銀座の街を舞台に踊り

現行犯逮捕された経験があります。

メディアはこれをゲテモノ扱いし

センセーショナルに書きたてました。
田中泯 海やまのあひだ Min Tanaka Between Mountain and Sea

しかし、田中泯にとっての踊りは

既存の踊りの「踊り」呼ばれる要素を

どんどん削ぎ取っていった果てにあるもの。

ステージも衣装さえもなく自分自身が場と

一体となって踊ることを追求した

結果なのでしょう。

 

場で踊るのではなく場を踊る

 

ステージで踊る、場で踊る。

通常のダンスはある場所をステージに

自分のダンスを見せることをいうと

思います。

 

しかし田中泯が2004年から始めた

「場踊り」と呼ぶ表現は

「場で踊ることではなく、場を踊ること」

をテーマにしています。

 

あらかじめ決まった振り付けや構成を

用意して舞台に持ち込むのではなく、

1秒1秒変化し続けている場の空気に

反応して即興的に踊る。

 

私たちも普段はそうやって生きているはず。

それは踊ることと生きることを

突き詰めていった1つの存在の仕方と

言えるかもしれません。
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俳優業も演技するのではなく踊っている

 

映画やドラマなど映像作品に出演する際にも

「俳優さんのアプローチとは違うと思う。

演技ではなく踊っている」という田中泯。

 

一般的な「演じる」と言われる表現には

あるスタイルがあったり、現実を巧みに

模倣するものであったりすると思います。

 

しかし田中泯にとって表現することは

踊ること、そして生きること。

ある人物をそれらしく精巧に作り上げる

のではなく、踊りの同じように、その場で

その人物を生きることなのでしょう。

 

テレビや映画を見ていても演じることを

「芝居がかったことをすること」

「それらしくみせること」

と認識しているように感じさせる俳優は

たくさんいますが、本質的には田中泯のいう

踊る=生きるに共通する表現であるべきだ

という気がします。

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