安藤百福は台湾と日本に妻3人ーー重婚罪ではないのか?遺産相続で波乱も!

   

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インスタントラーメン・チキンラーメンの発

明者として知られている安藤百福(あんどうも

もふく)氏。

しかし、実は製法特許は人から買い取ったも

ので、真の発明者は張国文氏だったという話

は昭和の偉大な企業家の伝説に若干、味噌を

つけた感はありますが、それでも功績を考え

れば、まあご愛敬と言ってもいいでしょう。

朝の連続テレビ小説「まんぷく」では安藤百

福氏と妻の安藤仁子(まさこ)さんをモデルと

したドラマですが、実際には仁子さん以外に

も2人の奥様がいたのですね。

ドラマは朝ドラらしい、明るく前向きな内容

ですが、実際には重婚罪や遺産相続問題など

ドロッとした状況もあったようです。

そのあたりを調べてみました。

 

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ざっくりインスタントラーメンの父・安藤百福

よく「インスタントラーメンを発明したのは

日本人」と言われていますが、これは半分正

解と言ってもいいでしょう。

というのも世間で言われる発明者の安藤百福

氏も、実際の発明者とされる張国文氏も日本

に帰化した台湾人だからです。

しかし、安藤氏や張国文氏が台湾で育った時

代は日本の皇民化政策の時代であり、彼らは

台湾に住む中華民族でありながら皇国臣民、

つまり日本人として育ちました。

戦後、帰化したことで日本人になったわけで

すが、実は台湾時代にも日本人だったという

複雑な事情があります。

1910年、日本統治時代の台湾嘉義市に生まれ

た呉百福。

幼くして両親を亡くし、台南で繊維卸業を営

む祖父母の元で育ち、14歳で高等小学校を卒

業すると祖父の仕事を手伝い始めました。

22歳の時、父の遺産を元手に「東洋メリヤス」

を設立して成功し、1933年、大阪に日東商

会を設立し立命館大学の夜間部で学びながら

事業を拡大。

残念ながら大学は仕事が忙しく、出張も多い

の時に卒業は断念して修了したそうです。

戦前戦後は大阪大空襲で向上を失ったり、物

資の横流しや脱税疑惑で収監されたり、頼ま

れて理事長を務めた信用組合が倒産して負債

を請け負う羽目になったりと波瀾万丈だった

ようですが、インスタントラーメンを売り出

してからは、ご存じのとおり。

それまでにも製塩事業で雇用拡大に貢献した

り、できた塩を近隣に配ったり、技術者を育

てるための学校を作ったりと混乱期の社会に

貢献してきたようです。

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安藤百福と3人の妻

安藤百福には3人の夫人がいました。

1人目は1928年に台湾で結婚した妻、呉

黄梅さん。(黄琇梅の説もあり)

この方は童養媳だったそうです。

童養媳というのは中国や台湾の古い習慣で

男子を持つ家が、息子の将来の嫁として女

の子を養女として育てることを言います。

(多くの場合は貧しい家から買い取る)

呉黄梅さんと呉百福氏との間には実の息子

の宏寿さん(後の安藤宏寿氏)と養女の呉

火盆さんがいました。

呉火盆さんも童養媳として育てていたのか

もしれません。

やがて父・百福氏は事業のため日本に渡りま

すが、妻の呉黄梅さんは台湾に残りました。

生前、安藤宏寿氏が話したところによると、

台湾に残された母には何の生活費も渡されず

呉黄梅さんは親戚に頼って暮らしていたそう

です。

2007年に安藤百福氏が亡くなった歳には、

台湾の老人ホームで、100歳でご健在という

ことでしたが、現在の状況は分かりません。

息子の呉宏寿さんは小学校に上がる前に父が

いる日本に渡りますが、その時、すでに父は

呉金鶯さんを妻としていたそうです。

金鶯さんは2男1女、宏男さんと武徳さん、

美和さんを生んでいます。

美和さんによれば、呉金鶯さんは美和さんら

3人の子供を生んだ後、呉百福氏と別れて台

湾に戻り、再婚したとのこと。

3番目の妻、安藤仁子さんとは1948年、大

阪に移住してから結婚しています。

仁子さんは安藤宏基さん、明美さん(現在

堀之内明美)の一男一女を生みました。

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安藤百福氏は重婚罪?

呉宏寿さんが日本に渡った時、すでに父には

2番目の妻・呉金鶯さんがいたことから、呉

宏寿さんは呉金鶯さんと父との仲は台湾時代

からで、彼女を伴って日本に行くために母親

を台湾に残したのではないかとの疑惑を持っ

たそうです。

来日の時点で、すでに妻がいたということは

重婚か――と思うわけですが、金鶯さんに関

しては戸籍を見ると「妾」となっているらし

いのです。

台湾では1930年に一夫多妻が禁止されるま

では一夫多妻が許されていたので、それ以前

に結婚したならば、正妻ではありませんが、

ちゃんと入籍された妻の立場ですので、第一

夫人と第二夫人の間には倫理的には別として、

法的な問題はありません。

1930年以降なら重婚は不可ということにな

るわけですが、一夫多妻は禁止されたという

ものの、実際には第二夫人を持っても重婚罪

として罪を問われることも、それが離婚請求

の原因にもなることもなく、ただ戸籍に「妻」

ではなく「妾」と記入されるだけ、という時

代がしばらくは続いていたようなのです。

「日本に渡る前から関係があったのでは?」

と宏寿さんが不審に思っていたこともあるの

で1930年以前に結婚していた可能性もあり

ますが、当時は以前からの習慣で大きな罪

の意識は本人にも社会にもなく、続けられ

ていた可能性も高いように思います。

この感覚で日本人の安藤仁子さんとも結婚

してしまったのかもしれませんが、宏寿さ

んによれば、仁子さんと結婚するにあたっ

ても最初の妻とは離婚手続きを取っていな

いとのことなので、これは確実に重婚、も

しくは結婚詐欺と見ることができるます。

もちろん安藤家の人間が「だまされた」と

訴えることはないと思いますが。

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遺産相続問題で裁判も

第一夫人の息子である宏寿さんは来日し、幼

い頃は安藤仁子さんと一緒に暮らしたことも

あるそうです。

長男として日清食品の社長の座を譲られたも

のの経営方針で決裂し辞職――というより、

役員会から辞職を迫られた状況だったようで。

恐らく生みの母を捨てた父――という思いか

ら確執があった百福氏と宏寿さんですが、生

前、宏寿さんは仁子さんが、父に「そんなに

ひどい仕打ちをしないで」ととりなしてくれ

たことや、自分の身を犠牲にしてワガママな

百福氏に尽くしたことに対し、「感謝し、尊

敬している」と語っています。

しかし、離婚して台湾に戻った第2夫人の

子供はどうなったのでしょう。

金鶯さんが法的な妻であろうとなかろうと、

実子でさえあれば、相続権は発生するわけで

す。

金鶯さんも長男・次男もすでに亡くなってい

ますが、長女の美和さんは健在。

娘・美和さんによると、1971年に金鶯さんが

亡くなってからは安藤百福氏から一切の音信

が途絶えてしまったものの、35歳の時に1度

だけ大阪で対面したそうです。

既述のように離婚手続きが、いっさい行われ

ないままに仁子さんと結婚したならば、その

結婚は重婚であり、仁子さんの子供は庶子と

いうことになりますから、遺産問題は複雑に

なりそうなもの。

2007年に安藤百福氏が亡くなる4年前には

美和さんが弁護士を付けて、自分が百福氏の

実の娘であることを証明し、安藤百福氏側の

弁護士から、「百福氏は美和さんが実の子で

あることを否定はしていないし、台湾の子女

を経済的に支援するよう言付かっている」と

のファックスを受け取っています。

しかし、それでも電話をしても取り次いでも

らえず、会いに行っても会わせてもらえず、

結局、法定相続人のリストには名前がありま

せんでした。

その後、新側の弁護士から遺産1400万円の

相続を提示され、美和さんはこれを不服とし

て2008年には訴訟を起こしていたのですが、

結局1400万円を受け取ることで納得せざる

を得なかったようです。

これには後日談もあり、なんと美和さんは

やっと勝ち取った1400万円のうち1200万

円をだまし取られるという詐欺に会ってい

ます。

 

2005年頃には美和さんの兄の呉武徳さんの

娘・呉昱玲さんが大阪家庭裁判所に百福氏と

安藤仁子さんの結婚を取り消しを求める訴訟

を起こしています。

一審では「重婚であり仁子さんとの結婚無効

である」との判決が下ったそうです。

中華圏のニュースでも、仁子さん側が控訴し

たというところまでは報道されていますが、

その後の展開に関しては情報がありませんで

した。

安藤百福のゼロからの「成功法則」―人生に遅すぎるということはない

 


 

戦後、中華民国の国籍を選んだ呉百福氏は、

1966年に日本に帰化し、妻の安藤姓を名乗

るようになりました。

それ以降は華僑との付き合いも断ち、自分

が台湾出身であることを自分からは言わな

かったと伝えられています。

この姿勢に対して、愛国心の強い中国人か

らは批判的な声もありますが、ひょっとす

ると常に心の隅に影を落としている台湾の

妻や子の存在に向き合う勇気がないために

自分自身に、台湾とのつながりを忘れさせ

ようとしていたのかもしれません。

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