「安藤百福がインスタントラーメンの発明者」は真っ赤なウソ?張国文による真の即席麺誕生秘話!

      2017/11/16

この記事の所要時間: 723

インスタントラーメン、チキンラーメンを

を発明したのは日本人の安藤百福(あんどう

ももふく)氏だと言われています。

そして、安藤百福氏は元々、台湾・中華民国

出身の中国人で日本に帰化した華僑であるこ

とや、彼が日清食品の創業者であることは、

わりと有名です。

しかし、中華圏のサイトを見ると、本当のイ

ンスタントラーメン発明者は安藤氏ではなく

同じく台湾人の張国文氏だったという話が、

いくつもありました。

大阪の華僑の間では有名な話だそうです。

というわけで調べてみました。

 

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インスタントラーメンの真の発明者は張国文氏?

台湾サイトの情報によると、真のインスタン

トラーメン発明者は台湾の屏東出身の張国文

氏だったということです。

張国文氏も安藤百福氏と同じように日本統治

時代の台湾で日本の皇民として生まれ、戦後

中華民国民となり、さらに日本に帰化した人

です。

安藤百福氏の自伝などには「奥様の仁子さん

が天ぷらを揚げているのを見て、麺を揚げて

お湯で戻す方法を思いついた」と書かれてい

ますが、これはウソなのでしょうか。

インスタントラーメンの発明者が張国文だと

したら、なぜ安藤百福氏が発明者として知ら

れるようになったのでしょうか。

 

張国文氏は権利を売却していた!

張国文氏は1917年11月1日に台湾の屏東東港

で生まれました。

1938年3月に大阪の関西歯科技工士学校で技

工士の勉強をするために来日しました。

張国文氏の次男・清川信治氏によると、張国

文氏が亡くなった際に、父親の金庫を開ける

と古い特許書類と売買契約の証書が見つかっ

たそうです。

その契約書から、1961年の年末に張氏が2300

万円でインスタントラーメンの製法特許「調味

乾麺製造法」を呉百福(安藤百福)氏に売却して

いたことが分かりました。

 

台湾から来日した年の10月にはすでに歯科医

院で技工士として働き始めていた張国文氏で

すが、1945年には同郷の仲間で「明星クラブ」

という食堂の共同経営を始めていました。

また東明商行を立ち上げ、味付け即席麺の製法

開発に成功した張国文氏は1958年春から食品部

で「長寿麺」という即席麺の販売を始めます。

しかし、これに数か月遅れた8月には安藤百

福氏も油で揚げた麺に味付けした即席麺、チ

キンラーメンを発売開始しています。

だとしたら、やはりチキンラーメンの開発者

は安藤百福氏?

 

実は張国文氏の東明商行も安藤百福氏の日清

食品もそれぞれ1958年12月と1959年1月に、

味付即席麺の製法を特許出願していたのです。

張国文氏の発明名称は「味付乾麺の製法」

安藤百福氏の発明名称は「即席ラーメンの製

造法」でした。

実は当時、この二者だけではなくベビースタ

ーラーメンでおなじみの松田産業が1955年に

「味付中華めん」を発売開始していたりして

即席ラーメン戦国時代だったのです。

この2つの発明は特許裁判となり熾烈な戦い

を繰り広げましたが、最終的に安藤百福氏が

張国文氏の特許を買収する形で収束しました。

2015年6月12日の中日新聞によると安藤百福

氏が「粗悪品が出回るのを防ぐため特許を一

本化したい」と東明商行の創業者の張国文に

提案し買収の運びとなったようです。

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どうやってインスタントラーメンは発明されたか?

上記から考えると、奥さんが天ぷら揚げるの

を見て思いついたという安藤百福氏のエピソ

ードもフィクションではなさそうですね。

しかし、買い取られた製法の発明である張国

文氏は、どのようにインスタントラーメンを

発明したのかも気になるところです。

 

大阪の学校に通っていた張国文氏。

今では台湾の人も刺身や冷たい物も食べます

が、当時大阪で学ぶ多くの台湾の学生たちは、

日本人のように刺身や冷えたお弁当を食べる

習慣がありませんでした。

夜食に温かい物が恋しくなるため、故郷の家

族に頼んで「鶏絲麺」という麺を送ってもら

って小腹を満たしていたそうです。

張国文氏もやはり母親に頼んで「鶏絲麺」を

送ってもらって食べていた1人でした。

ある日、台南産の鶏絲麺を食べた張国文氏は

「熱湯で戻して食べる」というインスタント

ラーメンの基本を思いついたそうです。

 

 

 

 

台湾の鶏絲麺とは?

では張国文氏にインスタントラーメンのイン

スピレーションを与えた鶏絲麺とはどんな麺

なのでしょうか。

台湾の屋台などで鶏絲麺と言えば、細い麺の

上に鶏肉を細く裂いた物がのっています。

しかし、張国文氏が食べていたのは、具なし

の、まさにインスタントラーメンの原形のよ

うな物。

そうめんのように細い麺を油で揚げた物で、

保存が利き、煮込まなくても熱いお湯をかけ

れば食べられるという、原形というか、ほぼ

そのものといってもいい麺です。

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張国文氏と安藤百福氏のつながりは?

 当時、戦後の日本は食糧難で、食糧はすべて

配給制でした。

闇市もあるものの、価格は非常に高い。

インスタントラーメンの発送を得た張国文氏

ですが、製品を作るためには原料が必要です。

日本人は配給で飢えていても連合国軍最高司

令官総司令部(GHQ)には何でもある。

そこに目を付けたのが呉百福氏です。

敗戦国の国民である日本人はGHQに出入り

できませんが、戦勝国である中華民国のパス

ポートを持つ呉百福氏は出入りが可能でした。

そこでGHQの福祉機関の物資を買い取り、

外で販売することで利益を得ていたようです。

張国文も呉百福氏から小麦粉を買っている1

人だったようです。

 

清代にはすでにインスタントラーメンは存在した!?

さて、インスタントラーメンの情報を求めて

中華圏のネット上をさまよっていたら、

「清代には、すでに即席麺が存在した!」と

いう説も発見しました。

これは「伊麺」と呼ばれる麺で、やはり油で

揚げた麺です。

清代の大臣・伊秉綬が母親の誕生祝いの宴席

を設けた際、厨房のあまりの忙しさに調理師

がゆで上がった麺を油の鍋に落としてしまい

ましたが、作り直している時間もないので、

それにスープをかけて提供したら来賓に大好

評だった。

というわけで伊家では、その後もわざわざそ

の麺を作るようになった。

それで「伊麺」の名がついたと言うわけです。

中華にはお焦げ料理なんかもあり、考えてみ

れば、あれも即席麺のご飯版のようなもので

もありますよね。

油で揚げた主食に汁をかけるという発想自体

は、以前から存在したと考えられます。

清代以前にもあったんじゃないか?

ただ、それが商品化され、国民的食品となり

さらには世界中で愛されるようになったと

いうことがインスタントラーメンのすごい

ところです。


香港 の蝦子麺 【錦華坊】 もウマし!


 

そんなこんなで家庭的な調理法としては、

即席麺的食品は、わりと以前から存在して

いたようです。

 

 

世に知られていない張国文氏の功績も称えたい

と思い、この記事を書いてみました。

インスタントラーメンをここまでに育て上げ

たのは、確かに安藤百福氏ですから、インスタ

ントラーメンの母が張国文氏、父が安藤百福

氏と言ったところでしょうか。

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