金栗四三(かなぐりしそう)のプロフィール!五輪で行方不明になったマラソンの父はグリコのモデル?

      2017/04/24

この記事の所要時間: 558

2019年のNHK大河ドラマはクドカン(宮

藤官九郎)の書き下ろし脚本。

マラソンの父、金栗四三(かなぐりしそう)

と水泳指導者の田端政治が主役だそうです。

これは面白そう!

中村勘九郎演じる金栗四三とはどんな人物な

のか、かなり先のことですがちょっと予習し

ておきたいと思います。

 

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金栗四三(かなぐりしそう):プロフィール

 

氏名:金栗四三(かなぐりしそう)

生年月日:1891年8月20日

没年月日:1983年11月13日

出身地:熊本県玉名市春富村

 

旧制中学時代は家から学校まで毎日12キロを

走って通学。

走ることの好きな青年でした。

旧制中学を出たあと東京高等師範学校に進学。

現在の筑波大学です。

当時、彼は自宅がある湯島から筑波大学まで

やはり走って通学していたようです。

大学に入ってから本格的にマラソンの練習を

始めました。

もともと才能があったのでしょう。

1911年にはストックホルムオリンピック予選

に足袋で出場し、見事出場権を獲得。

その際の記録は2時間32分45秒。

当時のマラソンは40.225キロでしたが、とに

かく当時は驚異的な記録でした。

当時、オリンピック出場は「3時間の壁」を

越えられるかどうかだと言われていましたが

それを難なく飛び越え、当時の世界記録を27

分も更新するという偉業を成し遂げました。

こうして金栗四三は日本初のオリンピック選

手となりました。

 

ストックホルムオリンピック行方不明事件

翌年1912年。

とんとん拍子に五輪出場となったわけですが

スウェーデンはストックホルムで開かれた

五輪本番では競技中に行方不明になるという

事件を起こしています。

 

最高気温40度という記録的な暑さだった当

日、金栗四三は競技中に日射病で倒れてしま

いました。

意識不明になった彼をコース近くの農民が家

に連れていって介抱してくれたのはよかった

のですが、目を覚ましたのは翌朝だったそう

です。

コースで倒れたままになっていなかったため

発見されず、行方不明になった選手として話

題になり、「民家でお茶をごちそうになってい

た」などという報道もあったとか。

結局、金栗四三は完走することなく帰国の途

につきましたが、姿を消してしまったため、

棄権の意志を確認することもできず、結局

競技としては行方不明のままの帰国でした。

 

しかし、1967年、ストックホルム五輪開催

55周年記念のイベントに招待され、記念式典

で何十年物歳月をへてゴールを果たしたそう

です。

その記録54年8か月6日5時間32分20秒

3、五輪史上最長にしてたぶん今後も破られる

ことのないであろう記録です。

 

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なぜ競技中に倒れたのか?

 選手にとっては本来、万全の体調で臨みたい

オリンピックの晴れ舞台。

しかし、金栗四三の場合はそれを邪魔する要

素がいくつもありました。

到着までの体力消耗

当時、スウェーデンまでは船と列車で20日も

かかり、交通機関の快適さも現在とは比べよう

もなく、移動による体力消耗はかなりのもの

でした。

スウェーデンの気候風土との不適合

スウェーデンは緯度が高く、五輪開催期間は白

夜ということもあって睡眠にも障害をきたし、

移動で消耗した体力を十分に回復できずに本番

に望む形となりました。

また、西洋料理が今ほど普及していない当時は

米のないスウェーデンの食事に慣れず、食事量

が落ちていたことも大きな痛手でした。

現地の気温

当日は最高気温40度という暑さで彼に限らず

どの選手にとっても厳しい戦いでした。

参加選手68人の約半数が棄権し、1人は翌日

に死亡したほど過酷な天候でした。

移動から食生活まで体力的に弱っていた金栗選

手が倒れたのも無理はないのです。

 

これ以外にも、なにしろ日本初の五輪選手です

から、周りの期待や自身の気負いも今とは違っ

たと思うんですよ。

今でこそ日本の五輪選手も競技を楽しむという

姿勢が一般的になってきましたが、昔の五輪選

手は悲壮感が漂ってましたよね。

それが日本初となればなおさらでしょう、

 

金栗四三はグリコのモデル?

 ランニングシャツの男性が両手をあげて喜び

のゴールを切る華のようなポーズでおなじみ

グリコのマーク。

あのモデルが金栗四三であるという説があり

ます。

 

一般にはフィリピン人の陸上選手・カタロン

氏がモデルであるというのが定説のようです

が、江崎記念館のサイトによると

「当時、活躍していたスポーツ選手数人のゴ

ールイン姿を参考に表情を描き直しました」

とのこと。

カタロン氏以外に、パリオリンピックに出場

の谷三三五選手、そして、金栗四三氏です。

 

その後、アントワープとパリでの五輪に2回

出場している金栗四三選手ですが、あまり成

績は振るわず、結局、ストックホルム五輪へ

の予選大会での記録が生涯の自己ベストにな

ったようです。

しかし、指導者として箱根駅伝の開催に尽力

し、高地トレーニングを日本に導入したのも

彼だったとか。

日常のトレーニングとは環境の違う現地での

競技で苦しい思いをしたからこそ、環境差に

対応できるトレーニングが必要だと思ったの

でしょう。

この人物をクドカンがどう描き、中村勘九郎

がどう演じてくれるのか楽しみです。

何年かぶりに真面目に大河を見る気になって

ます。

『真田丸』は初めはいいかと思ったら、だん

だん鼻についてきたし、今年は最初から見る

気もしなかったけど、再来年に期待!

あー、でも五輪に関する人物が主人公と聞い

た時は、ひそかにバロン西を期待したんだけ

どなぁ。残念。

でも、クドカンだからやっぱりこのほうが

いいかもしれないわね。

バロン西じゃかっこよすぎちゃうよね。

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