ブルース・リー死因の真相は病気か暗殺か?知人の証言や当日の状況!法廷の判決~アグネス・チャン発言も

      2016/11/21

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1973年7月に32歳で急逝した国際的

カンフースターブルース・リー(李小龍)

絶頂期の突然の死のニュースに世間では

さまざまな死因がウワサされてきました。

1993年には彼の息子のブランドン・リー

撮影中に空砲のはずの銃で撃たれる事故で

亡くなったことで、彼の死も事件だったのでは

と思った人も多いはず。

 

10月29日、この時ブランドンを撃った相手役の

マイケル・マッシーが亡くなったことで、再び

ブルースの死が話題に上っています。

 

脳が極度に肥大する「脳浮腫」によって

脳幹部が圧迫されたことが直接の原因と

いうことは間違いないようですが、死因の

紛糾によって英統治下の香港で開かれた

裁判の判決は「死因不明」。

なぜ脳浮腫が起きたかという要因に関しては

特定されていません。

 

暗殺説や自殺説もあり、長い間彼の急逝の

原因は注目の的となってきましたが、また

注目を集めそうですね。

彼の死に関しては以前、アグネス・チャンが

意味深発言もしています。

彼の死について調べてみました。

 

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ブルース・リー(李小龍):プロフィール

生年月日:1940年11月27日

本名:李振藩

出身地:香港

死没:1973年7月23日

出身校:ワシントン大学(中退)

職業:映画俳優、脚本家、映画プロデューサー

父:伝統劇の俳優、李海泉

母:グレイス・ホー(何爱瑜)

 

サンフランシスコのチャイナタウンで

辰年の辰の刻に誕生。

米国で巡業中の父に家族も同行していた。

生後3カ月で『金門女』に李小龍の芸名で

出演している。

 

その後、英統治下の香港に帰国。

幼い頃から葉問(イップ・マン)について

詠春拳を学んだブルースは父の命令で

18歳の時に渡米。

 

アルバイトをしながら大学に進学し、

振藩國術館を開いて武術の指導にあたる。

 

空手大会での演武がTVプロデューサーの

目に留まって『グリーンホーネット』に

出演したのをきっかけに本格的に俳優の道を

歩き始める。

 

1970年、レイモンド・チョウ(鄒文懐)が設立

したゴールデン・ハーベストと出演契約を

交わし、『ドラゴン危機一髪』

『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』

『燃えよドラゴン』とヒットを飛ばす。

 

 

ブルース・リー死亡事故の法廷内容

他に類を見ないアクションスターであり、

武術家そしてジークンドーの創始者として

飛ぶ鳥を落とす勢いだったブルース・リー。

1973年7月、全盛期の彼が突然落命したことは、

社会に大きな衝撃をもたらしました。

その死因は突然死、病死、暗殺、自殺など

さまざまに臆測され、死後も長い間、世論を

騒がせました。

世論の圧力の下に香港当局は死因究明のため

の法廷を開廷。

 

証人として出廷したのはブルースの兄、

李忠琚、レイモンド・チョウ、ティン・ペイ

最初に駆け付けた医師・朱博懐、救急隊員の

彭徳生、エリサベス病院緊急治療室の医師・

曾広照、同病院救急治療部門の医師・鄭宝志

監察医・葉志鵬、探偵・劉樹、警察官・柏文利。

以上10人。

 

ブルース・リーの知人たちの証言

兄の李忠琚の証言

ブルースは大麻を吸う習慣があった。

1カ月前にあった時には心身とも、変わった

ところがあるようには見えなかった。

レイモンド・チョウの証言

ブルースとは、ほぼ毎日顔を合わせていたが

映画の詳細を話し合う際も彼はテンションが

高く、家庭で問題があるようなことも聞いていない。

これらから自殺の可能性は少ないように見えます。

 

ブルース・リーは女優ティン・ぺイの家で息を

引き取りました。

以下はティン・ペイの証言を主に、またその他

知人の証言や証拠から割り出した当日のブルース・

リーの行動です。

ティン・ペイその他の証言から割り出した当日のブルース・リー

1973年7月20日当日、午後1時に妻の

リンダは買い物に出かけた。

ブルースは妻に、

「『死亡遊戯』の脚本に関してレイモンドと

相談する約束をしている。

たぶん夕食は家で食べない」

と話していた。

ブルースが妻にウソをついてティン・ペイと

会っていたわけではなく、彼女の家で話し合う

約束になっていたということです。

 

ブルースはティン・ペイのかかりつけの医師が

処方した痛み止めを服用。

 

午後2時、レイモンドはブルースの家に行き、

2人で脚本について話し合った後、一緒に

家を出て4時頃ティン・ペイの家に到着。

 

夜にはハイアットリージェンシーに行き

3人でオーストラリアのジョージ・ロバート・

レーゼンビーと会ってキャスティングの相談

をする予定だった。

 

3人は『死亡遊戯』について2時間余り

話し合っていたが、7時頃になるとブルースが

「気分が悪い、頭痛がする」と訴えた。

ティン・ペイは自分が医師に処方された

痛み止めを飲ませ、寝室で休ませた。

 

レーゼンビーと約束しているためブルースは

「少し休んでから行く」とレイモンドを先に

ホテルに向かわせ、ベッドで横になる。

 

夜8時、レイモンドはティン・ペイの家を出て

ホテルに向かう。

30分ほどしてティン・ペイがブルースの様子を

見に行くとよく眠っていたため、彼を起こさず

レイモンドに電話をかけて状況を伝える。

 

ブルースが来ないと知ったレイモンドは

9時45分頃、再度ティン・ペイの家を訪問。

ブルースは熟睡していたので名前を呼んだが

反応がない。

 

体をゆすったり、顔をはたいたりしたが

やはり反応がない。

レイモンドは状況から悪い予感がして、

ティン・ペイにかかりつけの医師・朱博懐を

呼ばせた。

 

10時ちょっと過ぎに朱博懐が到着。

ブルースに意識がなく、呼吸もしていない、

脈もなく心臓も止まっていることを発見。

 

朱博懐のその時の様子の証言

ブルースは穏やかな表情で、少しも苦しんだ

痕跡は見られなかった。

10分程度は救命措置をしていたが効果はなく

彼の生存根拠はまったく見られなかった。

そこでエリサベス病因に搬送するように言った。

死亡時刻は午後10時前後かもしれない。

 

彼が飲んだ痛み止めをティン・ペイに渡す際には、

「アスピリンよりも強い薬だが普通は1錠飲む

程度なら問題はない。

ただアレルギーのある場合は副作用が大きい」

と注意した。

ブルースはこの薬にアレルギーを持っていたの

かもしれない。

 

救急車は10時37分頃にティン・ペイの家に

到着。

救急隊員の彭徳生はブルースが呼吸停止して

いたので、人工呼吸や酸素吸入を行ったが

反応はなし。

病因に向かう間救急措置を続けたものの

意識は戻らなかった。

 

夜11時、救急車馬エリザベス病院に到着。

曾広照が再度救急救命措置を行うが

心肺停止の状況のままで瞳孔も開いていた。

11時半、エリサベス病院の医師が死亡証明書を

発行。

 

医師・曾広照の証言

当日、夜11時にブルースの状態を見たが

すでに脈も呼吸もなく、その時点ですでに

ブルース・リーは死亡していた。

しかし、彼の特殊な立場を考慮して

心臓へのエピネフリン注射を試みたが

反応はなかった。

 

法医学者の葉志鵬による遺体と状況説明

 遺体を検視した際に左足の指に輸血の痕跡、

左胸に救急救命の心臓注射をした針の跡が

確認できた。

しかし、その他のケガや暴行の痕跡は

見当たらなかった。

ティン・ペイの家の中も暴力が行われた様子

や毒物は発見されなかった。

以上からブルースの他殺はないと判断した。

 

ブルースは撮影現場で意識を失って倒れた

ことがあり、おそらくこれは突然死の前兆

だったと思われる。

以上の証言から死因は原因不明の突然死と

いう判決が下されました。

しかし、ファンやメディアはこれでは納得せず、

調査が続けられました。

ポイントとなるのはブルースの検死報告。

 

ブルースの遺体は解剖後すぐに、肝臓・腎臓

小腸・結腸・血液・胃の残存物が香港の科捜研

に送られ法医学者の林医師によって調べられ、

サンプルを送ってオーストラリアやニュージー

ランドでも分析が行われました。

 

大麻それともアレルギー?

しかし、最初の検死報告が出たあと、

ブルースはすでに埋葬されています・

検死の結果、体内から微量の大麻が検出された

ことに注目が集まったものの、法医学者の林医師と

エリサベス病院で解剖を担当した黎史特

医師は「この程度の量の大麻は突然死の

原因にはなりえない」としています。

 

黎史特医師によれば、

ブルースの頭部には外傷がなく、脳出血も

脳内の血管の梗塞も見られない。

その他の体内の器官も正常な状態であった。

ただ脳に中度の浮腫が見られ、これは死亡前

30秒で急激に起こった可能性が高い。

しかし、脳浮腫が直接死亡の原因になるとは

限らず、死因は痛み止めに対するアレルギー

反応の可能性が高い。

これにはロンドン大学法医学教授も同様の

見解を示しています。

 

法廷が示した7つの可能性

1973年9月24日午前、2カ月余りの論証の後

香港法廷の董梓光裁判官は7つの可能性に対する

解釈を示しました。

 

1.他殺

悪意による、および非合法的殺人

ブルース・リーが殺害される動機やその証拠がないため排除。

2.誤殺

悪意のない非合法的殺人

遺体には加害の痕跡が見られないため排除。

3.合法的殺人

突然死であるため排除。

4.自殺

レイモンドやリンダらは生前の

ブルース・リーに心身の異常は見られなかった

と証言しており、自殺の動機・兆候ともに

見つからないため排除。

5.自然死

エリザベス医院の黎史特医師が解剖や科研から

判断したところによると自然死と断定できる

原因は見つからない。ロンドン大学の教授も

同意見であるため、この可能性も成立し難い。

6.不慮の事故による死

痛み止めを服用したことによるアレルギー反応

この可能性は大きい。

7.死因不明

現状の証拠からは新を特定できず、陪審員も

上記の6種の可能性から1つを選んで本案件の

判決とすることはできなかった。そこで、結局

「死因不明」と裁定。

 

法廷で「死因不明」の判決が下された時には

場内が騒然となったそうです。

この背後には、ただ真相を知りたいという

気持ちだけでなく、すでに真相だと推測される

事態があり、それが明るみに出ることを期待する

気持ちも強かったのかもしれません。

大物の死には付き物ではありますが、ブルース・

リーにも暗殺説は根強いです。

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アグネス・チャン発言

ブルース・リーが一世を風靡した時機に重なって

芸能界で活躍し始めた、同じく香港出身のスター

アグネス・チャン。

かつてアグネス・チャンがテレビでブルース・リー

の死に関して聞かれた際に、意味深な発言をして

いました。

「本当の死因は香港の芸能人なら誰でも知っている。

でも、命が惜しいから言わない」

というものです。

 

香港の芸能界と裏社会との関係は強く、武術

の実力はもちろん、一気にスターダムにのし

上がったブルース・リーは香港マフィアに狙われて

いたという説はかなり根強いです。

その後もアグネスはこの件に関してそれ以上の

事は何も語っていないのですが、個人的には

香港マフィア説はかなり有力だという気がします。

法廷を開いたのも真相究明のためというより、

「分からないんだよ」ということを正当化する

ためのものだったように感じられます。

 

息子のブランドン・リーまでが撮影中に誤って

打たれて命を落とすなどという事故に遭った。

崖から落ちたとかスタントで失敗したなどと

言うのではなく、空砲のみのはずが銃身に

弾頭が入っていたとなると、これはもう事件

でしかないでしょう。

ブルース・リーが誰かの恨みを買っていた、

という事実は確かにあったように思えます。

 

法廷では「他殺の動機なし」と判断されたよう

ですが、世間の認識とはかなり異なるようです。

この他にも筋肉増強のためのシリコンの副作用説

や大麻説、日本のヤクザがらみ説など、いろいろ…。

また機会があれば総括してみようかな。

関係者もどんどんいなくなっていく中、これは

お蔵入りとなっちゃうんでしょうな。

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 - 華流