人生の終い方の理想は生き方に同じ!手に取るのも手放すのも潔く

      2016/11/18

人生の終い方
この記事の所要時間: 96

先日、桂歌丸師匠が長年司会を務めてきた

『笑点』の司会を引退すると発表しました。

これはNHKスペシャル「人生の終(しま)い方

の司会進行を務めた会見の1週間後のこと

だったそうです。

番組以前から考えていたことかもしれません

が、これが歌丸師匠の「終い方」――終活

一環であることは確か。

 

人生の最期に誰に何を遺すか、どんな最期を

迎えるか。

考えようが考えまいが、誰にでも最後は来る

わけですが、人間としてたしなみのある

終わりを迎えたいというのは誰もが望むこと

ではないでしょうか。

自分なりの「人生の終い方」について考えたことを

書いてみました。

 

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沢村貞子の人生の終い方はかっこいい

 

人生の終い方を考える時、心に浮かぶのは

沢村貞子さんです。

沢村さんは1989年81歳の時にドラマ

「黄昏の赫いきらめき」の出演を最後に

芸能界を引退しました。

 

その後は横須賀に隠居して執筆活動を続け

ながら、湘南の海を眺めて過ごした。

最期は身内だけに送られ、遺骨は自然葬で

散骨を望む意思を生前から表明していた。

実際に87歳で亡くなった時には身内だけで

納棺式を行い、遺骨は生前の希望通り

先に亡くなった夫の遺骨と一緒に相模湾に

散骨されました。

 

執筆は続けていましたから芸能界は引退

しても、完全に隠居したわけではないとも

いえます。

でも、何かあった時に俳優の仕事のように

制作や共演者に迷惑をかけることはない、

より世間に影響を与えない生活を選んだ

のは勇気ある選択だなと思います。

 

俳優や芸人は、「舞台で死にたい」という

思いを抱くのが常。

それは最期の最後まで現役でありたい

という思い、最後まで人に必要とされる

存在でありたい、世間にとって価値がある

存在であり続けたいという思いの現れ

ともいえるでしょう。

 

確かにそれは素晴らしい人生ですが、

「もう引退されたほうが……」

と見ている方が痛々しく感じられる

舞台を見たこともあります。

「袖では若手に支えらて酸素ボンベを使い

ながら舞台では素晴らしい演技を見せる」

なんてのは役者としての執念を感じさせる

美談ではありますが、それだけの情熱を

持ちながら自分の意思でそうしないことも

1つの勇気だと思うのです。

 

沢村貞子さんが引退を発表した時は

「立ち上がる時に『どっこいしょ』とかけ声を

するようでは、女優は務まらない」

と引退の理由を挙げていました。

しかし、テレビで見る沢村さんの姿はまだ

シャキシャキで、もっとヨボヨボで滑舌も

ワヤワヤになって舞台に立っている人は

たくさんいる。

「まだまだ、できそうなのに……」と思った

人は多いはず。

 

沢村貞子さんは「私生活でも女優」的な

女優さんではなく、1人の人間としての

日常生活を大切にしている人でした。

「職業として女優を選んだ」と書いている

ように、「舞台なしでは生きていけない」

というタイプではありませんでした。

女優の仕事をしながらも夫を立てて、家事を

きっちりこなし、丁寧に食事を作る生活を

していた人です。

 

そういう人ですから「舞台が命」タイプの俳優

に比べれば、芸能界への未練は少なかったの

かもしれません。

でも、長く続けてきたことであり、しかも

世間から評価されてきた仕事にピリオドを

打つことには特別な感慨があったはず。

自他ともに「もう無理」となる前に、潔く

手放した沢村さんは、日本人らしいたしなみ

のある人だと思いますし、美学を感じます。

 

さらに沢村さんは自分の命のピリオド

さえも自分で決断をして打っている。

食事がのどを通ら亡くなった時、流動食や

それ以上の治療を断って、自分の意思で

死を迎えたそうです。

これはもう現代の武士と言ってもいいの

ではないでしょうか。

沢村貞子『老いの楽しみ』 (ちくま文庫)

沢村貞子さんの人生の生き方と終い方が

よく表れている本です。

 

終い方は生き方の終点

 

こんな風に沢村貞子さんの人生の終い方は

自分がそれを選ぶかどうかは別として、

誰の目にも潔く美しく見えるのではない

でしょうか。

しかし、それは最期だけよかったわけでは

ありません。

沢村さんの人生作法は病める時も健やかなる

時も、この世に別れを告げる瞬間も同じ

だった。

最期まで自分の生き方を貫いただけ。

人生の終い方はあくまで生き方の延長線上に

ある気がします。

 

「最後まで舞台で」も「老いの姿を見せず」も

どちらがいい悪いという問題ではない。

「血反吐を吐いても舞台の上で」というのも

それはそれで役者の生きざまを感じさせる

美学です。

なんとなく終わっちゃった。

ではなく、どんなやり方でも自分が選んだ

終わり方をすれば、それでいいのでは

ないでしょうか。

 

終活に限らず、人は人生の節目で常に何かを

決断したり、選択したり、自分のその後の

行動を決める意思決定をしなければならない

時があるはず。

終活は最後だからこそ時に意識されますが

基本はそれまでと同じように、その人の

生き方に沿ったやり方で何を選ぶべきか、

何を手放すべきかを決めればいいのだと

思います。

 

死を思って今を生きる

 

個人的に私は一般的な終活の年齢には

まだ遠く、その前に一花咲かせないと

いけないと考えていたりします。

 

しかし、年を取るほど最期の時により

近くなるという考えは間違いとは

言えませんが、若いからといって死から

遠いとは限らない。

年齢に関わらず、「たぶん明日じゃない」

という根拠のない確信が日々の生活を

おろそかにさせているというのは、

私自身のこれまでの生活を振り返って

思うことです。

 

死の存在を意識しないから、限りある生を

実感できない。

「メメント・モリ–死を想え」は「今を楽しめ」

という意味にも解釈できるけれど、それは

「今」に限りがあることが前提。

 

チベット仏教では「死者の書」という書物が

あって、息を引き取ってからどんな体験を

するかが書かれています。

生きている間にこれをシミュレーション

することで実際にお迎えが来た時に

初めて見る光景に動揺することなく解脱

できるように、少なくとも地獄、餓鬼、畜生、

阿修羅界へは行かないように備えるわけです。

 

死んでどこに行くかはまた別の話として

常に生活の中で死を意識していることが

今をよく生きることにつながるという

気がします。

『チベットの生と死の書』 (講談社+α文庫)

自分や身近な人の死を見つめざるを得ない

状況にある人が読めば大いに助けになると

思いますが、それだけでなく人生の早い段階

でこれを読むことで、よりよく生きることが

できるという気がしています。

折につけ読み返し、読むたびにいろいろと

思い至ることがあります。

 

手に取ることも手放すことも潔く

 

自分が今考える理想の終い方は沢村貞子さん

のやり方に近いと思います。

もちろん沢村さんほど大きな功績は残せない

でしょうけどね。

過去にも物にも執着せず、できるだけ人に

迷惑をかけないような手配をし、自分の

意思も書き残し、あとは身の丈に合った

日々をやるべきことをしながら、来るべき

日がいつ来てもいい心構えをする。

毎日を丁寧に過ごす。

と言ったところでしょうか。

 

しかし、こうして書いてみると、これは

現在の生き方においても理想の形なんです

よね。

 

人生のどの段階においても自分にとって

本当に必要なものは手に取ると決意し

それによるリスクも覚悟したうえで

手に取る勇気を持つ。

自分にとって手放すべきもの、必要ない

ものは思い切って手放す勇気を持つ。

 

その時、何を選んで何を手放すかは個人に

よって違うはず。

自分のその時その時の状況を冷静に判断し、

決定する姿勢。

人生において、それが身についているなら

終末に至ったからといって改めて特別な

対策を練る必要はないと思うんですよ。

 

ですから、このダメダメな毎日を送る

私としては終わりがある人生を意識しつつ

取るのも捨てるのも潔く。

これが一つの目標です。

 

人生の終わりには物理的にも精神的にも

手放すことが重要になると思いますが、

沢村貞子さんのように自分の意思で

「これ以上、不自然に生きない」ことを選択

したのは、消極的に生を手放したというより

勇気をもって決然と「死に方」を選択した

といった方がいいかもしれません。

私にとっての終い方の理想は、やはり

「手に取ることも手放すことも潔く」です。

 

あなたにとっての終活とは、人生の終い方

とは、どんなものでしょうか。

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