服部匡志(眼科医)がベトナムで内視鏡治療!フリーランス医師の年収や時給は?

      2016/05/20

この記事の所要時間: 1122

服部匡志(はっとりただし)さんという眼科

フリーランス医師がベトナムと日本で

活躍中だそうです。

 

日本でフリーの医者として働き、そのお金で

ベトナムに行き治療にあたる。

ベトナムでは治療費を受け取らず、自身が

無償で患者を助けると同時に、ベトナムの

医療現場の改善にも大きな影響を与えて

いるといいます。

 

 

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服部匡志(はっとりただし):プロフィール

 

生年:1964年

出身地:大阪府

学歴:大阪府立四條畷高等学校卒業

京都府立医科大学医学部卒業

1993年:京都府立医科大学眼科レジデント

1994年:多根記念眼科病院勤務(大阪)

1996年:愛生会山科病院勤務(京都)

1997年:出田眼科病院勤務(熊本)

1998年:聖マリア病院勤務(福岡)、海谷眼科(静岡)

2002年:ハノイ国立眼科研究所、網膜硝子体手術指導医として赴任

2004年:ハノイ国立眼科研究所客員教授

 

「人のために生きる」医師に!

 

医師を志したのは高校生の頃。

父親がガンを患ったのがきっかけでした。

病院で偶然、患者に対する医師の心無い

言葉を聞き、

「こんな医師がいてはいけない!」

と患者の立場に立てる医師を志したそうです。

 

また、父親は退院することなく世を去ったの

ですが、亡くなる前日、朦朧とする意識の

中で突然ベッドに起き上がりレポート用紙に

服部匡志さんあての遺書をしたためました。

そこには、

「お母ちゃんを大切にしろ。

人に負けるな。

努力しろ。

人のために生きろ」

とありました。

この言葉も服部匡志さんが医師を目指す

大きな原動力となったそうです。

 

ベトナムの赤ひげに

 

京都府立医科大学の医学部を卒業し晴れて

医師となった服部匡志先生。

日本全国各地の病院で研鑽を積み、網膜硝子

体手術分野でトップレベルの技術を持つように

なりました。

服部匡志医師が得意とするのは日本でもまだ

エキスパートが少ない内視鏡による網膜手術。

この分野ではトップレベルの実力です。

 

2001年、学会で出会ったベトナムの医師に

「多くの患者が失明している現状を救ってほしい」

と言われて、3カ月のボランティアのつもりで

単身ベトナムに渡ります。

 

ベトナムの医療現場の悲惨な状況を見た服部

医師は自腹で500万円を投じて内視鏡や

レーザーなど最新の医療機器をベトナムに

導入して本格的な眼科治療を開始。

現在では日本でフリーランス医師として

半月働き、半月はベトナムで無償で治療する

日々を送っています。

オフは1カ月に2日程度しかありません。

日本にいる時も各地の病院を転々とする

ために家でゆっくりできるのは病気で

動けなくなった時ぐらいだそうです。

 

ベトナム国立眼科病院からは1件の手術に

1ドルの手当てが出ますが、服部医師は

これを治療費が払えない人たちの治療費に

当てています。

ベトナムでは、白内障の手術は5万円程度。

低所得者にはとても負担できない高額です。

お金のために治療を受けられない患者のために

手術代を肩代わりすることも多くベトナムで

の治療は完全に持ち出し状態。

純粋に「患者を治したい」という気持ちから

くる姿勢は「現代の赤ひげ」と、また高い

医療技術は「ゴッドハンド」と称えられています。

服部医師はこうした活動をすでに14年続けています。

 

第20回読売国際協力賞を受賞した著書。

服部医師の医療や生き方のコンセプトが

よく分かります。

『人間は、人を助けるようにできている』

自分自身の生き方を見直させられる1冊。

『はっちゃんベトナムに行く―自分さがしの旅』

人のために生きることは喜びであって

自己犠牲ではないと思える1冊。

 

腰痛に耐えながらの治療

 

苦しんでいる患者を救うために活躍する服部

匡志医師ですが、自身も腰痛を抱えている

そうです。

 

もともと腰痛もちだった服部医師。

ベトナムで働くようになって1年半頃、

ヘルニアを発症してしまいました。

ベトナムの医療現場には人間工学に基づく

電動のベッドや高さを調節できる椅子もない。

滞在の間でできるだけ手術をこなそうとする

服部匡志医師にの腰には大きな負担でした。

 

ヘルニアの治療は数カ月の入院が一般的だ

そうですが、服部医師はその時間がとれない。

ベトナムにいる間は、自分にしかできない

仕事をしなければという使命感がある。

かといって日本に帰っても短期間で一定の

収入を確保しなければならないので休んで

いる暇はない。

フリーランスですから休んでいては、給与

はゼロだからです。

 

それで、寝てもいられないほどの激痛の時も

仕事をしていたとのこと。

泣ける!

 

社会主義国の厚い壁

 

日本でなら助かるものも技術や医療環境が

整っていないために多くの人が失明していた

ベトナムの状況も服部匡志医師によって

大いに改善されました。

しかし、当初は技術や器材の問題だけでなく

社会主義国ゆえの厚い壁があったようです。

 

病院で働く医師も看護師もすべて公務員。

仕事の内容に関わらず出勤していれば

給与は支払われます。

だから仕事の途中でも、お昼になれば

皆いなくなってしまう。

手術が残っていても4時になれば

全員帰ってしまうという状況がありました。

 

服部医師が「患者を自分の家族と思え」

という自信の理念を現場のスタッフに

粘り強く説いたことで、次第に彼らの

行動も変わってきたといいます。

 

社会主義国には多かれ少なかれ存在する

状況ですよね。

志を持った人がいても社会全体がそういう

風潮で回っているので、少数派は次第に

環境に飲み込まれてしまう。

服部医師の圧倒的な技術と、自身が無償で

医療を提供し続けているその情熱が彼らの

損得勘定を変えたのでしょう。

「誰かの役に立っている」という実感は

大きな自己肯定となり幸福感につながる。

ベトナムの医療人も単に言われたからやる

のではなく、それが達成感につながった

からこそ変わっていったのだと思います。

 

ベトナムでは自分がメスを取るだけでなく、

現地の医師に技術を伝えてきた服部匡志医師。

現在、ハノイ・ホーチミンは服部医師が

いなくても対応できる状況になり、今後は

さらに地方への医療展開を目指しているそうです。

 

また現在は有料で治療する病院も建設し

その利益の一部で貧しい人たちを治療

できる仕組みも作り上げました。

自分がいなくなってからでも、より多くの

貧しい患者の治療ができるようにという

発想からです。

 

奥様の理解のもとに

 

さすらいの医師のような活動をする

服部医師。

まるで映画や小説のヒーローのようで

かっこいいし、頭が下がりますが、

自分が服部医師の妻だったらと思うと

複雑な心境かもしれません。

 

当初、ボランティアのつもりでベトナムを

訪れた際にも奥様は反対だった。

しかし、3カ月だけの約束で訪問し、

結局それから14年通い続けています。

500万円の貯金を下ろしてベトナムで使う

医療機器を買ったのも家庭があるからには

服部医師一人のポケットマネーではない。

当然奥様は大反対でした。

しかし、「これがあれば患者が助かる」

という説得を受けて、納得したそうです。

 

今では奥様も「元気でいてくれればいい」と

いってくれるそうです。

彼の情熱を理解していることはもちろんですが、

服部医師が家にいるとしたら病気で動けない

時だけなので、それよりは元気でやりたいことを

やっていてくれたほうがいいという思いだそうで。

妻としては寂しい思いもしているでしょう。

それに関しては服部医師も「頭が下がる」と

言っていますが、こんな男性を夫に持った

ことは大きな誇りだそうとも思います。

 

フリーランスの医師とは?

 

服部匡志医師は医療機関に所属せずフリー

ランスの医師として働いている。

つまりアルバイトやパートの医師とも

いえるでしょう。

 

ちょっとイメージしにくい存在ですが、

実際には医師免許さえ持っていてフリーで

働くことは可能で、最近は少しずつ増えて

きているそうです。

 

自分の都合に合わせて勤務でき、勤務医の

ように超過勤務を強いられることもない。

開業医のように経営リスクを負うこともない。

技術さえあれば、スケジュールをいっぱい

入れて効率よく稼ぐことも可能。

一般には開業準備期間にフリーランスとして

働くケースが多いようですが、服部匡志医師

のように、ボランティアやNPO法人の活動

など自分のやりたいことを主体にフリーで働く

医師もいるようです。

 

フリーランス医師の年収や時給は?

 

フリーランスの医師の給与は基本時給計算。

一般的に時給1万円が相場ですが作業内容や

医師の技術レベルによっては、もっと高額な

場合も多いです。

しかし、需要と供給の問題もありますし、

実際には4時間、3時間といったコマ単位での

求人が多いので、単純計算して1日8時間、

年間240日勤務で約1920万円というような

採算は成立しません。

 

服部医師の年収は?

 

服部匡志医師はベトナム通いを始める前は

200万円程度の月収を得ていたそうです。

だとすると単純計算して2400万円。

しかし、現在トップレベルの彼の医療技術

ならば年収1億円も可能だと言われています。

 

しかし、実際に彼が稼いでいるのは年収

400~500万円程度。

しかも、その中からベトナムで治療する

ための渡航費や滞在費も負担し、時には

患者の手術代まで肩代わりする。

「医者は金持ち」というイメージが世間では

一般的ですが、服部匡志医師に関しては

まったくあてはまりません。

また。あえてその道を選んでいるところに

頭が下がります。

「世の中お金じゃない」なんて言いますけど

言う人間によっては単なる負け惜しみに

聞こえちまいますよね。

服部匡志医師のように、それに代わる大きな

価値を見出していて、その価値が他の人の

目にも大きな説得力を持っている。

超カッコイイです。

自分もそういう価値が示せたらと思うの

ですが、なかなか……。

自分自身のよりよい生活や安定よりも父の

遺言である「人のために生きる」の実践の

ために奔走する。

それは単に使命感を果たすためではなく

服部匡志医師自体がそこに、ある種の

ワクワクする何かを感じているからこそ

なんだろうという気がします。

自己犠牲ではないんですよね。

そういう意味では服部医師もNTT病院の

内視鏡医・大圃研医師と同じく医療オタク

なんだと思います。

 

「自分の好きなことをやるのが成功の秘訣」

とか「ワクワクすることをやれ」というのが

昨今、人気の成功法則ですが、それを

「好きなことして楽に稼ぐ」と解釈している

人が多いように思いますが、実際は

「本当に情熱を傾けられることに本気で

取り組めば、生活はできる収入と、後悔の

ない人生、最高の達成感が得られる」

というのが正解のような気がします。

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