六道珍皇寺:冥土通いの井戸公開はいつ?小野篁(たかむら)とは?

   

冥土通いの井戸
この記事の所要時間: 612

京都の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)

は地獄に通じる「冥途通いの井戸」がある

そうです。

そして、この世に戻ってくる時に使った

黄泉がえりの井戸」もあるそうですから

抜かりないですね。

この井戸を使っていたといわれるのは

小野篁(おののたかむら)という人物。

小野妹子や小野道風の祖父という説も

ある人だそうで。

これは面白そうなにおいがします。

冥界に続く井戸を、ちょっとのぞいて

みたい!

小野篁っていったい何者?

ちょっと調べてみました。

 

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六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)とは?

六道珍皇寺

京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院で

ご本尊は薬師如来。

「六道さん」という愛称で知られています。

この寺があるあたりは平安京の葬送の地

鳥部野(鳥辺野)の入口にあたり、冥界の

この世の境目とされています。

お寺の門前には「六道の辻」と彫られた

石が置かれていますが、あの世との境界は

必ずしもこの石がある場所というわけでは

なく、この辺一帯を指すようです。

 

六道とは仏教でいう地獄・餓鬼・畜生・修羅・

人間・天上の6つの世界。

辻とは交差点のこと。

亡くなった人はここで閻魔大王の裁きを

受けて、六道のどこに行くかが決められる。

そういう場所です。

 

「冥土通いの井戸」とは?

 

そんな異界との境界に建つ六道珍皇寺には

地獄に通じる井戸があるといわれています。

それが「冥土通いの井戸」。

と言ってもこれで冥界に通っていたのは

小野篁という人だけです。

平安時代前期の公卿、つまり高級官僚で

文人でもあったその人は、昼は朝廷に出仕し

夜は井戸を通って冥界に行き閻魔大王の

手伝いをしていたそうで。

マジで?

 

「黄泉がえりの井戸」もある

 

昼も夜も働き者の小野篁ですが、冥界での

お勤めを終えたら、本業がありますから

朝には戻ってこなければなりません。

でも、帰ってくる時には同じ道を戻るわけ

ではありません。

基本は戻ることのできない場所ですから

一方通行なんですね。

 

黄泉の国から帰ってくる井戸は、もとは

嵯峨野の福生寺の井戸とされていましたが

2011年に六道珍皇寺の境内で別の井戸が

発見され、これも黄泉がえりの井戸だと

いわれています。

 

小野篁(おののたかむら)とは?

 

小野篁は朝廷の従三位・参議左大弁。

そこそこの地位にある大臣です。

文武両道に秀でた優秀な人材でしたが、官僚

向きでない反骨精神を持った人だったようで。

 

遣唐使の副使として中国に渡ることになって

いましたが、大使の藤原常次嗣の乗った

第一船が漏水したので、篁が乗船予定だった

第二船と交換することになりました。

小野篁は「冗談じゃねえ!」とこれに抗議。

「それにオレ病気がちだし、老いた母が心配

だから行かねえ」

と乗船を拒否。

結局、遣唐使は篁を残して中国に渡って

行きました。

しかし、腹の虫が収まらない小野篁。

『西道謡』という詩を詠んで遣唐使と朝廷を

痛烈に批判した。

このことが嵯峨上皇を激怒させ篁は隠岐へ

島流しに処せられました。

 

この時、詠んだのが百人一首で有名な

「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと

人には告げよ 海人の釣舟」

(私は船で海原を渡って行ったと

釣り人よ、あの人に伝えておくれ)

恋人に向けて詠んだものと思われます。

そんな切ない歌だとは知りませんでした。

隠岐に流されたのが12月と言いますから、

寒風吹きすさぶ中を流刑になる心持は

いかばかりかと涙涙です。

しかし翌々年には赦されて平安京に戻り

元の官位に復せられた。

これも抜きんでた文才ゆえだったようです。

まこと「芸は身を助く」ですな。

最後の遣唐使 副使を蹴った男 小野篁

 

あの世と行き来しているという伝説の真相は?

 

小野篁は才能ゆえに罪も赦されるほど優秀な

人材として評価されていた。

それほど優秀な人物なら、あからさまに

朝廷を批判するような言動がどういう結果を

招くかが分からないはずはない。

しかし言いたいことは言い、実際に流刑に

処せられている。

世間とは違う価値観で立身出世や保身には

興味がないかに見える。

普通の人とは違うから半分あっちの人

なんじゃないか。

という発想から来るのかも。

 

あるいは生真面目で優秀だった彼の人となり

と中国の物語が一緒になったのでは、という

気もします。

中国の伝説の中には清廉潔白な人柄や文才を

閻魔大王に買われて、何らかの支援を受けたり

冥界の官僚にヘッドハントされたりという話が

多く、ヘッドハントされたけど、

「老いた母がいるうちは、そちらに行くわけには

いかない」

と断るというような話もあります。

そういう伝説の多くは「聊斎志異」など清代頃に

まとめられたものが多いですが伝説自体は

昔からあると思われます。

中国の文化教養がお手本だった時代ですから

こういう混同はある気がするんですよね。

でもオカルト好きな私としては、本当に

阿部晴明のように、この世とあの世を自在に

行き来していたほうがワクワクしますけど。

 

「冥土通いの井戸」はいつみられる?

 

一度はのぞいてみたい冥土通いの井戸。

しかし六道珍皇寺に行けばいつでも見られる

というわけではありません。

「特別公開」という期間にのみ一般公開

されています。

特別公開は毎年時期が決まっているわけでは

なく、2012年はゴールデンウィーク、

2013年は9月、2014年は11月、2015年は

1月、2016年は1月と毎年バラバラです。

しかし、年1回は公開されているようです

から、六道珍皇寺のサイトをチェックする

ことをお勧めします。

今年はすでに1月に公開されてしまったので

見られるのはたぶん来年になるかと思います。

まあ、どんな井戸でも飛び込めば、あの世に

通じているとは思うんですが、六道珍皇寺は

帰ってくる井戸があるというのがミソですね。

ぜひ一度訪ねてみたいです。

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